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気品と可憐さを兼ね備えた江戸時代の雛人形~熊本県八代市 八代城主・松井家の雛祭り〜

肥後細川藩の筆頭家老をつとめ、八代城を預かっていた松井家。

そこには、江戸時代から伝わる数々の貴重な雛人形や雛道具などがあり、毎年この時期に一般公開されています。

300年以上の歴史を紡ぎ、今もなおその存在感を醸し出す雛人形の魅力に迫ります!

 

■熊本県八代(やつしろ)市の国名勝『松濱軒(しょうひんけん)』

熊本県南部に位置する八代市では、毎年2月から3月にかけて、市内の観光地や商店街などで雛人形を飾る『やつしろのお雛祭り』が開かれています。

その中の一つ、『松濱軒(しょうひんけん)』

肥後細川藩の筆頭家老で八代城主だった松井家4代目、松井直之が母・崇芳院のために建てられた御茶屋で、国の名勝に指定されている邸宅・庭園です。
昭和の一時期には旅館としても活用され、昭和天皇が宿泊されたこともあるなど、由緒ある八代の代表的観光地です。

 

■松井家には数々の雛人形が……

松濱軒の展示室には毎年この時期に松井家に伝わる数々の雛人形や雛道具が一般公開されています。

松井家に嫁いできた夫人が持参したものや、松井家に生まれて女の子の誕生を祝って調えられたものなど。

その中には、普段なかなか見ることのできない、約300年以上前の雛人形があります。

 

■江戸時代中期の『立雛(たちびな)』

雛人形のルーツとも言われている立ち姿の雛人形、『立雛(たちびな)』。松井家の立雛は江戸時代中期のものですが、現在のように男女一対の雛人形を飾るようになったのは江戸時代初頭だといわれています。この後から飾りやすい安定した形の坐雛(すわりびな)が生まれ、それに伴い雛道具も種類を増し豪華になっていったということです。

 

■松井家の中で最も古い『享保雛(きょうほうびな)』

こちらの雛人形は、江戸時代中期のもの。

天皇・皇后をモデルとする坐雛といわれる内裏雛(だいりびな)で、松井家に残る最も古いものです。享保雛とは、享保年間(1716〜1735年)に流行した束帯姿の男雛と、十二単の女雛、およびその形式を踏襲する雛人形のことです。袖口や裾衣の重ねがとても美しく、卵型の顔に小さな目口、すっと伸びる鼻が高貴な雰囲気を漂わせています。

 

■その後さらに豪華に……『古今雛(こきんびな)』

享保雛よりさらな豪華な衣装をまとっているのが、江戸時代後期の『古今雛』。小さな目口とすっと伸びる鼻は享保雛と同様ですが、わずかに年齢を重ねた深みのある表情があります。こちらの古今雛は、1839年(天保10年)、松井家10代章之に嫁いだ琴姫のために購入したとされるものです。

 

■歴史を紡ぐ松井家の雛人形と雛道具を見られるのは今の時期だけ!

今回、初めて直接松井家の雛人形などを見せていただきましたが、展示室でその表情を見ていると、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような不思議な感覚を味わえました。300年以上の歴史を刻みながら、今でもその姿は美しく、私たちの心を和ませてくれる貴重な宝をこれから先も大切に大切に受け継がれていくことを願っています。松井家の雛祭りは、3月31日まで、松濱軒の展示室で開かれています。

なお、今回の取材にあたり、特別に展示品の撮影の許可をいただきました。

本来は撮影禁止ですのでご了承ください。

 

松濱軒/熊本県八代市北の丸町

参考文献/松井文庫

 

 

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井後真奈美 
 井後真奈美