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世界初の専門書!伝統食の「冷や汁」を後世へ伝えたい【宮崎県】

目次

 こんにちは。元NHK長崎放送局、サガテレビアナウンサーの牛島奈津子です。
みなさんは「冷や汁」を食べたことはありますか。魚の出汁と味噌をベースに味付けした冷たい汁物料理です。地域によって違う名前が付いていることもありますが、実は、日本各地で食べられている郷土料理の1つです。中でも宮崎県の冷や汁が、最も有名ではないでしょうか。そんな宮崎を代表する「冷や汁」について書かれた世界初の本が、この度、出版されました。著者の一人で、冷や汁エバンジェリスト(伝道師)の日高大介さんにお話を伺いました。

宮崎を代表する伝統食「冷や汁」とは


 みなさんが思い浮かべる「冷や汁」って、どのようなものでしょうか。ご飯に味噌汁をかける「ねこまんま(猫飯)」のイメージでしょうか。ご飯に味噌汁をかけた料理といわれればその通りなのですが、味も作り方も、ねこまんまとは、全く違うものです。
冷や汁は、はじめから冷たくして作ります。宮崎では、いりこなどを炒ってすり鉢ですって作るものと、アジなどの魚を素焼きして、その身をほぐして作るものの2つに大別されます。そこに味噌や胡麻を加えてすり伸ばし、冷水や冷やした出汁で溶いて、ほぐした豆腐やキュウリなどの具材を加えたら、熱々のご飯にかけて完成です。宮崎では、食欲の落ちる夏の暑い時期には、「冷や汁」を食べて栄養を取るのが定番の食事となっていて、今でも各家庭で食べられたり、お店で出したりしているところもあって、次の世代へと受け継がれています。
元々は、農家の方が忙しい農作業の合間に簡単に作って、さっと食べる「労働食」として広まったとされていて、主に宮崎平野を中心とした地域で食されていました。宮崎といっても、県北の山間部や県南地域ではほとんど食べられていませんでした。宮崎に限らず、鹿児島県や熊本県を始め九州各地に冷や汁は存在していましたが、どのように発祥してどのように広まったのかは、実はよくわかっていません。

今でも食されている各地の「冷や汁」


 「冷や汁」という料理は、遅くとも平安時代の末期に存在していたことがわかっていますが、私たちが知っている現在の冷や汁とは異なり、和え物に近い料理だったようです。味噌味の冷たい汁を麦飯にかけるという料理になったのは、江戸時代末期以降と推察されています。
中四国地方では「さつま」や「さつま汁」と呼ばれていて、ほぼ宮崎の冷や汁と同じ形で食されています。埼玉県などでは、ご飯ではなく、うどんやそうめんを漬けて食べられています。また、山形県にも「冷や汁」と呼ばれる料理がありますが、茹でた野菜を冷たい出汁で和えた食べ物で、宮崎の「冷や汁」とは全く違うものなんだそうです。
具材に関しても、ミカンの産地である愛媛県では、刻んだミカンの皮をトッピングしたり、熊本県球磨地方の冷や汁には、干しシイタケが入っていたりします。地域の気候や風土に合わせてアレンジが加えられていったのでしょう。冷や汁やその材料の歴史を辿っていくと、先人の知恵や未来への可能性が見えてきます。

“冷や汁エバンジェリスト”の日高大介さんって何者?


 お話を伺った日高大介さんは、元々は宮崎県庁職員で、今年3月に定年退職し、今は新しく自分の会社を立ち上げて活動しています。冷や汁の歴史や未来についての講演イベントを全国各地で開催したり、料理研究家でもいらっしゃるため、レシピ開発などを行ったりもしています。冷や汁があると聞けば、お店に食べに行って研究するのも日課です。
そんな日高さんが「冷や汁」に注目したのは、今から15年ほど前。新宿にある宮崎県のアンテナショップ「新宿みやざき館KONNE」で働いていた時、お店で冷や汁の素を販売していましたが、買いに来るのは宮崎出身の人ばかりで、東京や宮崎以外の人はなかなか手に取ってくれませんでした。どうやったら買ってもらえるのか、汁かけ飯とかねこまんまというイメージを覆せるのかを考え始めたのがきっかけだそうです。
そこで日高さんは、冷や汁の素を使った新しいレシピを考案しました。はじめに生み出されたのが「白の冷や汁」。普通の冷や汁は、お出汁や水で味噌を溶きますが、豆乳で溶いてお洒落にアレンジしました。これが美味しいと好評で、女性週刊誌『anan』にも掲載されました。「冷や汁」は、機能性が再注目されている発酵食品の味噌がベースで、魚の出汁、豆腐、ミョウガや大葉、キュウリなどを材料として、糖質やたんぱく質、脂質などの栄養素がバランスよく取れる料理です。そこに豆乳が加わることで、美容と健康に良いとされる大豆イソフラボンも摂取できるわけですから、嬉しいですよね。
“白”ができるんだったら“赤”もできるかも、と思って作られたのが、トマトジュースで溶いた「赤の冷や汁」。トマトの酸味やグルタミン酸の旨みでサッパリと美味しくなる上、抗酸化作用のあるリコピンも加わりました。今では、“緑”や“黒”、“オレンジ”など、“七色の冷や汁”のレシピを持っています。

世界初の「冷や汁」の専門書、出版!


 先月(9月11日)出版された『復権!“万能”の伝統食 冷や汁万歳』には、地域ごとのレシピや「冷や汁」の歴史などがまとめてあり、「冷や汁」の魅力が詰まっています。元宮崎日日新聞社の記者で、宮崎冷や汁アンバサダー(大使)の外前田孝さんと、冷や汁エバンジェリスト(伝道師)の日高大介さんが共同で書かれたこの本は、冷や汁の正しい歴史を知ってほしい、伝統を受け継いでいくだけでは冷や汁という食文化が衰退していってしまうかもしれないので、時代に合わせてリニューアルし、未来へつなげていきたいという思いを形にしました。
執筆の途中、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、図書館が閉まって調べ物ができなくなったりと日高さんの活動にも影響が出ました。しかし、色々な資料が存在していることもわかり、読めば読むほど深堀りできていくので、新たな発見があって楽しかったと話してくれました。
宮崎県内でも、地域によって冷や汁を食べないところがあったり、使われる食材が違っていたり、広く知られている「冷や汁」の起源が実は間違っていたり、知らなかった歴史や文化の事実に、私もワクワクしながら読み進めました。足かけ4年で完成した冷や汁の専門書、日高さんにとって名刺代わりの一冊になったと言います。

「冷や汁」のこれから


 味噌を使って日高さんが考案した“白”や“赤”の冷や汁では、更に機能性がアップします。色々な形でアレンジしていくと、健康に良い食べ物として見直され、広まっていく可能性もあるのではないでしょうか。宮崎の業者だけでなく、無印良品や丸美屋からも“冷や汁の素”が販売されています。伝統料理だと手間がかかるという考えを払拭できる、簡単にパパッと作れて美味しい商品です。栄養バランスの取れた「冷や汁」、たくさんの地域のみなさんに食べてもらいたいです。
日高さんの夢は、いつかオリンピックの選手村で「冷や汁」をメニューに入れること。アスリートの栄養補給などに役立つので、宮崎だけの料理ではなく、世界に打って出られる料理になる可能性を秘めていると考えます。世界中の人たちに食べようと言ってもらえる日を待ち望んでいます。その一歩として、来年(2023年)4月に、宮崎で開かれるG7宮崎農業大臣会合で出すメニューにぜひ冷や汁を取り入れてほしいと話していました。実現する日が待ち遠しいです!

アナウンサー紹介

福岡県太宰府市出身。北は北海道から南は宮崎まで色々な土地で暮らしてきました。住めば都!地元の人以上に満喫し、楽しむことが得意です。現在は宮崎県在住で、宮崎サンシャインFMパーソナリティ。宮崎日日新聞社が発行する生活情報誌のサポーターとして、取材やリポートのお仕事もしています。3人の子育ても真っ只中。子供の目線も持ち合わせています。