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不動産に新たな価値を創造し、日本を世界一豊かに

目次

「人を中心にしてサステナブルインフラを考えています。」と話す石原さん。“不動産”と“金融”に様々な“コンテンツ”を掛け合わせ、私たちが暮らす街を豊かにし、地域全体の活性化につなげる。

いちご株式会社 石原実執行役副社長兼COO

明るい未来の実現に向けて社会課題を1つ1つ解決していく、独立系不動産大手『いちご株式会社』の石原実執行役副社長兼COOにお話を伺いました。

【聞き手:牛島奈津子】

不動産と金融にコンテンツを掛け合わせた技術で、社会課題に向き合う

ーどのような会社なのか、歴史とともに教えていただけますか?

創業時は、『アセット・マネジャーズ』という商号で、不動産ファンドと企業投資の会社としてスタートしました。
2000年に設立され、創業23年になります。会社としての初期の事業は、都内の百貨店の流動化アレンジメントでした。今では当たり前になっているやり方ですが、“不動産”と“金融”を掛け合わせた難しい技術で、不動産証券化ビジネスの先駆けとなった会社です。企業投資は、事業会社に投資を行い、企業内容を改善してから他社へ売却するというM&Aビジネスで、金融や法務の側面が大きい仕事でもあります。不動産投資や企業投資と金融技術を掛け合わせてビジネスにしていくという仕事を今から20年前に先頭ランナーとして始め、その後、当社は急成長し、2015年には東証一部に上場を果たしました。
2008年のリーマンショックでは、不動産価値が下落したことで多くの同業他社が淘汰される中、我々は何とか生き残ることができました。理由は、現在の筆頭株主であるいちごトラストの助言会社の代表を務め、現在は当社会長のスコット キャロンとの出会い。世界の優良投資家の資金を、長期投資という方針により運用しているいちごトラストから多額の増資を受け、当社は今に至ります。いちごトラストにちなみ、商号を『いちご』と変更しました。

 ―これが今の社名の『いちご』なのですね。

『いちご』は「一期一会」に由来しています。人との出会いを大切にという精神のもと、日本を世界一豊かにすることを経営理念に掲げ、人々の暮らしを支えるサステナブルインフラ企業として、不動産に新たな価値を創造し、街や人々とともに日本の将来に豊かさをもたらすことを目指しています。

御社の特徴は不動産と何かの“融合”でしょうか。

そうですね。融合により多様化する人々のニーズに合わせて不動産に新たな価値を創造することです。

―どういった事例がありますか?

いちご よこすかポートマーケット
「いちご よこすかポートマーケット」オープニングセレモニー風景

 

「いちご よこすかポートマーケット」は、元々は冷蔵倉庫だった建物を三浦半島の新たな「食」の発信拠点として、利用面積を2倍に増やしリニューアルオープンした官民連携(PPP)のプロジェクトです。このマーケットが地域の農業、商業、飲食、観光業、交通機関の拠点となることを横須賀市は望んでいました。地産地消と三浦半島への観光誘致にこだわって、地元で愛されるテナント様にご出店いただきました。また、食のあらゆる体験ができる場所として「三浦半島フードエクスペリエンス」をコンセプトに、キッチンやイベントスペースも設けたり、横須賀をホームタウンとする横浜F・マリノスとのイベントも開催したり、不動産に観光やスポーツ、農業といったコンテンツとの融合を実現しています。

急成長した理由はズバリなんでしょうか?

役職員が明朗活発であること。そして、不動産、金融、建築の掛け合わせに加え、コンテンツへのネットワークがあります。建物を壊して新築するとものすごく二酸化炭素を使ってしまいますが、我々は建物を維持しながら中身は入れ替えるという考え方。地球環境に非常に良いことであるし、社会課題を解決するということを地軸で考えており、昨今の社会の流れに合致している、このようなことだと思います。

―共感します。社会課題の解決ってニーズがあり続けるものだと思うので。

社員1人1人の専門技術が地域貢献につながる

ー石原さんは『いちご』にジョインされて、居心地などはいかがでしょうか?

新卒後は総合建設会社で現場勤務をしていました。建物のどこを残して用途を変えようとか、どこは補修した方が良いとか、そういう勘所を持っています。また、経理や総務人事の仕事をやっていました。司法試験の勉強も社会人になってから一通りやりました。このような私の特徴を受け容れていただき、とても嬉しかったです。以降、管理全般を統括し、東証一部への上場を推進しました。その後は、不動産に手間暇をかけて価値を向上させる心築事業、新しい事業を開発したりする仕事をしています。 

例えば熊本地震があった時、当社の物件もいくつもあったので、次の日に現地に駆け付けました。その翌日、本震が起きました。すでにチームとして現地入りしておりましたので、当社のマンションやホテル、オフィスビルなどは、即座に動き始め、チームで数か月かけて入居者の皆様に寄り添い、補修、再建をしました。宮崎県や福岡県に行って仮設資材を確保したり、入居者様への説明を定期的にして補修手順を説明したり、マンションの場合には補修するエリアの方には家賃を減額したりとか、チームみんなが手作りで再建しました。そういうところは今でも続く『いちご』のやり方です。

―被災地にすぐに入ること自体が難しい中で、建設に特化した知識のある石原さんたちが来てくれたのは、住民の皆さんも心強かったでしょうね。

ー他にも地域貢献や、取り組まれているSDGs、CSRなどについて教えていただけますか?

THE KNOT札幌
「THE KNOT SAPPORO」 

創業当初から企業の存在意義は社会貢献であるという考えのもとに事業を展開してきました。全国に数百棟の不動産を保有していますが、それらの不動産が所在する地域とのつながりを非常に大切にしています。「THE KNOT」という非常に人気のあるホテル、これは自社ブランドなのですが、今4つ、横浜、新宿、広島、札幌にありまして、ハイセンスなものを昔の建物を利用してやったのが横浜と新宿。ある土地を使って新しく建てたのが広島と札幌です。将来的に「THE KNOT」をもっと増やし、不動産を街の持続性を高める場所にしたいと思っています。

地域貢献の事例では、「宮交シティ」(宮崎県)。地域に密着したサステナブルインフラとして様々な取り組みをしています。50年も経つ古いショッピングセンターなので、一般的だったら壊して新しいものを建てるのでしょうが、改修により安全性を確保した上で、一流のデザイナーにデザインしてもらって居心地の良い場所にしました。宮崎県は我が国トップクラスの農業県。持続可能なフードビジネスの創出に向け、宮崎の食材を首都圏に届けるサービスを展開しています。集荷から輸送、納品までを自社と航空会社が一貫して行い、その日のうちに東京へ届け、当社が保有するホテルのレストランなどで提供します。地方の新鮮な食材を首都圏に届けることが可能になり、高付加価値が付きました。野菜などの名産品の直売所もあります。選挙の期日前投票所を担ったり、マイナンバーカードのセンターを設けたり、PCRセンターを設置したり。地方が元気であることが大事。地方が元気でないと、生産物も美味しい物も食べられないし、皆が都会に出て来ているのも地方が元気だから安心して東京で生活しているのでしょうし、国や地方の課題を勉強し、我々の知見を使いながら皆さんと力を合わせてそれらを解決していくのがこれからのビジネスモデルです。

宮崎県の農業支援先「ひなたいちご園」のいちご
宮崎県の農業支援先「ひなたいちご園」のいちごが資生堂パーラーに採用

CSR面では、ウエイトリフティング部、ライフル射撃部、陸上部を創部し部長を務めています。ライフル射撃部と陸上部においては監督兼部長として、選手の個性や目標を尊重し、その力を引き出すような指導を目指してきました。第一線で活躍する選手を応援し、スポンサーとしてではなく社員として雇用することで、引退後も安心して働ける環境を整え、思い切ってスポーツ活動に取り組んでいただいています。

 

いちご陸上部(左から 石原監督、中尾あゆみ選手、清山ちさと選手、串間顧問)

いちご陸上部(左から 石原監督、中尾あゆみ選手、清山ちさと選手、串間顧問)

また、2011年の東日本大震災をきっかけにクリーンエネルギー事業も進めています。現在では、全国に65か所、約200MWの太陽光および風力発電所を開発・運営していて、年間発電量は約7万世帯分に相当します。

―素晴らしいですね。時代の先を見据えているんですね。ホテルやショッピングセンターなど、私たちに身近なところに『いちご』さんは関わっているんですね。

 



人が過ごす場所を人が作る。だから、人が一番大事

ー不動産と地方を結びつけるアイデアはどのようにして生まれるんでしょうか?

社長・長谷川拓磨と私は、ビジネスのアイデアを色んな会議、色んな役職員と議論しています。皆が言いたいことを言って、それを元に行政や地域の皆様とお話しして課題を教えていただき、また議論しています。中途採用がほとんどの会社でして、元々多様性が豊かですから、忖度なく自由に言い合える環境が整っていると思います。チャレンジを後押しする社風です。育休取得後の復職率も、調査を始めてからずっと100%。今、世の中で言われているようなことが定着している会社だと思います。

ー御社の広報戦略で気を付けていることや独自の手法などがあれば教えてください。

当社のビジネスはBtoBをメインとしてきましたので、業界以外の一般の認知度はまだ低く、幅広い層にいちごブランドを浸透させ、『いちご』らしさというものを価値に変えることを目指しています。プレスリリースやホームページ、SNSでの発信をメインに、わかりやすくストーリー性のある発信を心がけています。独自の手法としては、当社の不動産を取り巻く地域の皆様とのつながりを「Ichigo in the Community」(いちごHP内にある取材形式の記事)で発信しています。Jリーグの百年構想、地域をスポーツで豊かにという考えに賛同し、トップパートナーになっています。

ー石原さんが色々な場所に出向いて自らが動いているなと感じるんですが、最も大切にしているものとは何でしょうか?

「人」に敬意を持って接する、「出会い」を大事にするところが当社の特徴ですし、私もそのようなことを大事にしております。例えば「THE KNOT SAPPORO」の土地には、千秋庵さんという札幌では最も昔からあるお菓子屋さんの本社がありました。このお菓子屋さんの歴史や商品、経営者のことを勉強するにつれ、この土地を売ってくださいということではなく、一緒にここで北海道を豊かにしましょうとご提案しました。お菓子屋さんの皆様の人生はずっとそこにあったので、そこで事業を継続なさることが本当の願いなのかなと。「人」を大切に考えると、発想は豊かになり、結果としてご提案が受け入れていただけるように思います。全国の街を渡り歩き、仲間とこのような仕事をして過ごしております。

最後に「夢」を聞かせていただけますか?

この会社を大きくすればするだけ人にたくさん役立てると思うので、仲間とともに、関係する皆様と一緒に、もっともっと事業を拡大したいと素直に思う。民間の力で国を良くすることができると思っているので、日本を世界一豊かにということが夢です。

―経営者って硬いイメージが強いですが、石原さんは、初めてお会いした時から懐が深いというか、大らかで人当たりの良い雰囲気があって、出会った人をハッピーにさせる力をお持ちだなと感じました。不動産と金融を地域と結び付け、きっと日本を世界で最も豊かな国にしてくれるのを楽しみにしています。貴重なお話をありがとうございました!!

 



■いちご株式会社 石原実取締役執行役副社長兼COOプロフィール

初代宮崎ぎょうざ大使に

石原実

いちご株式会社 取締役執行役副社長兼COO
株式会社セントロ 代表取締役会長兼社長
ストレージプラス株式会社 取締役会長

株式会社宮交シティ 代表取締役会長兼社長、いちごマルシェ株式会社 代表取締役会長、いちご投資顧問株式会社 取締役、株式会社宮崎サンシャインエフエム 代表取締役社長、博多ホテルズ株式会社 代表取締役会長など。宮崎市ぎょうざ協議会より「初代宮崎ぎょうざ大使」として宮崎の餃子の拡販に力を入れ、現在2年連続日本一。 

1967年生まれ。神奈川県鎌倉市出身。青山学院大学を卒業後、総合建設会社にて国内大型ダム工事など全国の建設現場の工務、施工管理に従事。2007年に現在のいちごに入社。2011年、執行役副社長に就任。「ひとが人らしくつながる場」の創出を目指し、社会課題の解決、事業化に取り組む。

 企画・制作
女子アナメディアPR局

アナウンサー紹介

福岡県太宰府市出身。北は北海道から南は宮崎まで色々な土地で暮らしてきました。住めば都!地元の人以上に満喫し、楽しむことが得意です。現在は宮崎県在住で、宮崎サンシャインFMパーソナリティ。宮崎日日新聞社が発行する生活情報誌のサポーターとして、取材やリポートのお仕事もしています。3人の子育ても真っ只中。子供の目線も持ち合わせています。